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2010年12月30日 (木)

新年号

Photo

友人から送られてきた、社会新報新年号。

森口豁さんのエッセイ「沖縄みやげに基地はいかが?」

 近年の沖縄ブームを反映してか、人々の日常会話に「沖縄」が登場することが目立つようになった。電車の中や人混みの中で、沖縄談義を良く耳にする。

 「海と空がきれい」から、「優しいのよね、沖縄の人って」「お土産にゴーヤー買ってきたよ」まで内容は様々だ。いまやオキナワはヤマトンチュの「あこがれの地」。若者たちの間では、「沖縄生まれ」がうらやましがられる存在になっているとも聞いた。

 沖縄を訪れる観光客の数は、2011年中には年600万人の大台に乗りそうだとか。自然の美しさや琉球固有の文化が、人々を引きつけてやまないようだ。

 でも・・・、と僕は思う。ヤマトンチュの沖縄との向き合い方は、それだけでよいのだろうかと。

 確かにゴーヤーチャンプルーも泡盛もおいしいし、島唄も心地良い。七色に輝くサンゴの海を前にしたときの、言葉にならない感動は誰も同じだろう。

 でも、そんなに沖縄の海が好きならば、その海が埋め立てられ、軍事基地に変わろうとしていることに何故平気でいられるのか。沖縄の人の優しさに打たれ感激するのであれば、なぜその人たちが基地で苦しんでいることに無関心でいられるのか。僕にはこの感覚がわからない。

 那覇の街は、一年中、観光客であふれかえっている。そんな街で土産を物色する観光客を見ていると、僕は声をかけたくなる。

 沖縄みやげに米軍基地はいかが?と。

Photo_3

これも、友人が送ってくれたもの。

女のしんぶん 新年号1面

辺野古・大浦湾の写真と、詩「海へ寄せる言葉」

写真を撮ったのは、名護市議会議員の東恩納琢磨さん

詩は、ミュージシャンの知念良吉さん

海へ寄せる言葉

海に抱かれたくて浜辺へ続く森の小道を急いでいた

風は キラキラ光るクモの巣をかすかに揺らし

青空は海の膨らみの上で横たわり 波は静かだった

日差しはまだ強く

彼方で光る雲は 雨を蓄えた腹を膨らませ

ゆうゆうこちらへ渡ってくる

きっと あなたも私モジュゴンも

しばらくすると 森や大地に降り注ぐであろう雨のしずくの一粒で

それぞれかけがえのない物語の種(デザイン)を宿している

そして世界は名もない草の葉先にブラ下がった水滴の中にも

小さく閉じ込められ 映し出される

それぞれの持ち前の役割を尊ぼう

争い奪い合うのではなく 仲良く分かち合う世界をイマジンしよう

マングローブの林の下

青い目玉のトントンミーが 恋のダンスを踊り

イソギンチャクの揺れる腕の中で クマノミの親子が戯れる

あなたと私が 自らの真実を高め生きるとき

心は喜びと感謝で溢れ

満月の夜 ハマサンゴが明日へと生命の種を放つように

世界は果てしない輝きの中へと広がっていく

寄せては返す波が浜辺の貝を洗っている

繰り返す不思議なリズムと生命の響き合い

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コメント

沖縄人のブログ友達がほしいなぁってウェブを放浪してたら偶然流れ着きました。

沖縄好きです。沖縄出身はうらやましいし、沖縄発信ってだけで
そのブログには価値があるって感じます。それが一般的な感覚かは知らないけど。
でも、沖縄に友達いるぜーって言ったら多分10人中7人にはうらやましがられます。

ぼくは、そーゆー若者です。
無責任だし、政治に参加してないし、投票もいかない。
将来の夢がなんだかもわからないし、社会のために行動してる大人とか
米軍基地をなくせ!とか必死で叫ぶ人をみると、なんか違うって感じちゃいます。
ジュゴンのためにって、涙を流したりとか、気持ち悪さも感じます。


でも、

本当は、憧れの地でもある沖縄の
たとえば辺野古が、ジュゴンも住んでいる(かもしれない)場所が
たとえば、基地のそばにすむ人たちの生活が
おびやかされているのならば、それは、けっこう悲しいんです。

じゃあ、なんで、行動する人たちをみて気持ち悪いと思うのか
ちょっと考えてみました。


一つの大きな理由は何が正しいのかわからないからです。

ぼくは(あえて、若者世代の代表として語るのは避けます)
あなたのことも含め、世の中で情報を発信している多くの機関が信じられません。

こちらでは正しいとされていることが、あちらでは無知なこととされる。
例えば、沖縄から基地がなくなれば、アジアへの抑止力がなくなる、とか
例えば、沖縄の基地は、沖縄へ大きな経済効果をもたらしている、とか。

意見が多すぎるんです。
どれも正しいようにきこえる。

だから、色々な意見を聞いて、その中からベストアンサーを選ぼうとすると、
果てしなく時間がかかり、それから自分の無知を痛感する。
世間の狭い自分には、正しい答えは選べない。
そんなふうにしか思えない。

書いていて、自分が無責任で、卑怯で、全然かっこよくないこと分かってます。
何かをやらない理由なんて考えてないで、行動すればいいのに、とも思います。

でも、自分はばかだから、
ちょっとのめりこむと、周りが見えなくなって
何か大きな渦に飲み込まれたとき、自分の頭ではなくて
その流れのままに行動してしまうのではないか、そんな風に思って
躊躇してるんです。


ニュース見て憤ってみたり、意見を述べてみたり、
そうやって気持ちを振り回されるだけで(誰に?)
なんか、そういうのはうんざりだなぁってのが、感想です。


なに言いたいのか、結論の出ないコメントですいません。
いまの気持ちでした。

でも、沖縄は好きです。
身近な外国みたいな感じがします。

でも、沖縄を大切にすることが、正しい政治かといわれると
よく、わかりません。
それは、エコにしろ、福祉にしろ、戦争にしろ、核問題にしろ、同じです。


人間に、そういった問題が解決できる日がくると思いますか?
小さな一歩が大事だって言うかもしれないけど、
いくら歩いていたって、道を間違えてたらたどりつかないし、
地図がなかったら、道を修正もできない。


なにもできなくてごめんなさい。

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