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2010年6月

2010年6月21日 (月)

感謝

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琉球新報しか読んでいないので、全国紙でどう報道されたのかわかりませんが。

この「感謝」のことが気になりながら、10日たってしまいました。

菅首相の所信表明演説。

「感謝の念を深めることから始めたい」。

怒り心頭。

感謝しています、ですから「米軍基地」をこれからもよろしく引き受けてと、菅首相。

それでも支持率アップだそうです。

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琉球新報のこの日の社説は「感謝」よりも差別解消を、と。「謝罪ならまだしも感謝とは理解に苦しむ」と。

2010年6月17日 (木)

西表・宇多良炭鉱 萬骨碑

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今日のどぅたっちは千客万来,有難いことでした。

「萬骨碑建立記念誌」が今日届き、手にとって読み出したら、80年くらい前の宇多良炭鉱に吸い込まれ、読みふけってしまいました。19世紀末から70年近く西表島にあった炭坑。

その中の宇多良炭坑で働き、過酷な労働やマラリヤにより、あるいは逃亡を図り密林の中に迷い込み、そのような、ここで生涯を終えた人々を供養し、その民衆史を記憶するために、本年6月建立された萬骨碑に合わせ発刊された記念誌です。

巻頭には1935年当時の宇多良炭坑の全景写真。

ジャングルの中に忽然と現れた、と表現されていますが、レンガの支柱を持ったトロッコレール。宿舎や事務所棟、入浴場、芝居小屋、食堂と、坑主の邸宅、最盛期には1000人(日本全国から)近い人が働いていたといいます。

 そして米軍の爆撃により、一切が焼き払われるまでの10年間を写真や証言、当時の新聞記事などで記録しています。また密林のようになった樹々の間に、赤いレンガの支柱がのこり、宇多良炭坑の10年が幻ではなかったことを伝える風景の中に萬骨碑は建てられているそうです。西表に行かれたら、ぜひ訪れてください。

三木健さん、石垣金星さんなど萬骨の声を聞いた方々の尽力で建立・発刊がなされました。

記念誌は500円で販売しています。

書籍、ゆうメールにてお送りできますので、ご注文ください。

03-5974-1333

dotouch2009@ybb.ne.jp

10周年イベントその2

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音楽とお酒と料理と、そして出会いを楽しみにいらしてください。

午後2時半開場・3時から6時まで、

参加費4500円(予約は不要)

2010年6月15日 (火)

ちゃあすが くぬ沖縄

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琉球センターどぅたっちで販売しています。

いれいたかしさんにお目にかかることなく、今日に至り、もうお目にかかることは、この世では無理になりました。

昨年2月亡くなられるまで、船橋に暮らしていらしたとは。

昨日、この本の紹介をしようと思いました、が、最後まで読みきっていなかったので紹介を断念。今読み終わり・・。

琉球・沖縄人として、そして人間として、どう生き、時代を切り開いていくかを、時空を超えて世界を縦横無尽に飛びながら、読者のイマジネーションを刺激して問いかける。

あるいは、多くの書物から引用し、諺にかさね、また沖縄で語り継がれたきた幽霊話に、薩摩の侵略から、琉球処分、そして現代までを重ねて語る。

亡くなる前年の、国連人権委員会の勧告「アイヌ民族および琉球民族を国内立法下において先住民族と公的に認め・・・・」を紹介し、琉球先住民族に加えられた辛苦の起源を辿ることによって、本質はより明白になる、と書く。(「起源を見れば本質がわかる」の吉本隆明の提言)

「幽霊となって井戸から出て“うらめしや”と這いあがり、根絶された琉球先住民族の怨恨の声を張り上げるべきときがきたと言えよう。その怨恨の声は、今を生きている私たちの声でもある。本書起筆への思いである」と筆者。

読み終えて、いれいさんのいう「生蕃」として生き、声を上げたい、と思った。

いれいさんが急逝された後、新川明さんを始めとするいれいたかし遺稿刊行委員会が発刊にした。

多くの方に読んでいただきたいです。 

2010年6月14日 (月)

515意見広告へのコメント

風游さんから以下のコメントが届きました。

一か月前に書いたブログに対してなので、なかなか皆さまの目に触れないと思い、

ここで取り上げました。コメントは以下の通りです。

・・・・・・・・・

ここまで「悪意」に満ちた「意見広告」への批判を展開することであなたの得たものは何なのでしょうか。

「憎しみ」の醸成しか感じられないのですが、これで沖縄-琉球の未来を創造しようとしているのでしょうか。

あなたの語る「平和」とは、どういうものなのでしょう。

長い間、逡巡していました。しかし、いたたまれなくなりました。

・・・・・・・・・

風游さま

「悪意」だっただろうかと、自分で書いたものを読み返しました

私自身はやはり悪意ではない、と思いました。私の大事な沖縄の先輩や友人が名前を連ねての意見広告だからこそ、書きました。

名前を連ねた友人が二人、会話しに来てくれました。沖縄のためにと1000円を払った、でもこんな文章になると思っていなかった、と。

そうだと思う。だから、気づいてほしかった。基地のない沖縄のためと、したことが沖縄で喜ばれないこともある。沖縄のため、が普天間基地は県外移設へ!の沖縄の声を無視し、はぐらかし、妨害する役割になってしまう」と、私は応えました

この意見広告の内容で、賛成だというなら、それはまた別の問題として会話したいです。

沖縄ブログに書くことで、私が得たいものは、軍事基地の一切ない沖縄の実現。

それも、即。そのために、

日本国が「琉球」を植民地とし、軍事基地を押し付けていることにきずき、「県外移設」の声にこたえ、ともかく日本で引き取らなければと、ヤマトゥの人々が行動してくれることを望んで書いています。

その思いを感じてくれる人がいたので、書いてよかったです。

2010年6月12日 (土)

どぅたっち10周年

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29名の方が参加して下さいました。

にぎやかに、楽しく時間を共有し、どぅたっちにカリーを付けていただきました。

ありがとうございました。

店の近所の方にも祝っていただきました。

ありがとうございました。

10年間、いろいろな形でどぅたっちにつながってくださたった皆さま

有難うございました、心から。

お陰さまで、ここまで来たのです。

これからのどぅたっちが、どんなふうに進んでいくのか、気にとめていただけると嬉しいです。

10周年イベントは、

第2弾として6月20日(日)午後3時から6時

ゲストミュージシャンをお迎えして、

ライブ+泡盛飲み放題の祝宴。

ゲストは

李政美・寿・SOSO(生田まんじ&愛染恭介さん)

予約は不要です。参加費4500円

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沖縄独立論・東京新聞

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東京新聞6月10日付

「沖縄独立論 現実に?」

と書かれた記事。紙面の半分ほどを占めている。

「自立・独立論」が勢いを増す気配を見せている。とリード文。

書かれていることは、これまでにも聞いたことがある論説。

電話取材で構成したもの。

私には初めてでない内容でも、ヤマトゥの人には初めて聞くことであり、テーマが沖縄独立であることは、関心高く読まれたことと思う。

「かりゆしクラブ代表・屋良朝助さんは『沖縄が東アジアの軍事的安定の重要な拠点なのは事実。独立した上で国連平和維持活動(PKO)の拠点などにすれば、多大な軍事費をかけずとも平和を維持できる』とも主張」と書かれている。

彼の独立論は、リーフレットにも書いてあったが、軍事力を否定しない。

私はかりゆしクラブの独立論に組みしない。

そしてその話の横に2枚の写真。

我らが誇りとする、「うるまネシア誌7冊」「琉球タイムス号外」。

この2点の写真がかりゆしクラブと関連していると読み取られる心配があり、ここに書くことにした。

うるまネシア誌7冊と琉球タイムス号外は、東京新聞の記者がどぅたっちで買ったもの。

沖縄の独立論について記事にしようと思っているので、何か教えてほしいと見えたので

本を読んで予備知識くらい身に着けてから、沖縄に取材に行ってほしいと思い紹介した。

取材する方も紹介した。

しかし、翌日なって、電話取材であることを知り、そんな扱いでどんな記事に表現されるのかと不安になり、大事な友人を紹介できないと思い,断った。

私は独立論を論じる評論家でも学者でもなく、軍隊のない世界・一人一人の命が大事にされる世界のために、琉球弧の独立に向かって、行動しようと日々暮らしている人間。

その思いは、切り刻まれた言葉、つぎはぎされた言葉では伝わらない。

今回の東京新聞のテーマは独立論。

私のほうは、緊張感を持って立ち向かっている独立運動。

かみ合うのは難しいし、ヤマトゥに語る話ではなかったかもしれない。

ということで、

上記2件に関わった「同志」皆さん、中途半端な対応をしてしまいましたが、

お許しください。

東京新聞読者のみなさん、うるまネシア誌も、琉球タイムス号外も、新聞紙面に登場する方々(屋良朝助さん・林泉忠さん・佐藤優さん・大村博さん・仲地博さん・喜納昌吉さん)を説明するものではありません。

2010年6月 7日 (月)

国民の側に問題

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6月3日の琉球新報。

鳩山さんが首相を辞任して、いろいろなコメントが載った。

その中で、この国政美恵さんの言葉が、心に響いて、忘れられなかった。

私もそう思ったから。

「裏切り鳩山内閣を打倒し勝利した」などという言葉がヤマトゥで飛び交う。

裏切ったのは誰?

そして、マスコミの、根拠もなく実施される支持率でつぶされた鳩山さんの「県外移設」。

頻繁に、行われる世論調査。

県民大会に集まった約10万人の声。

それに匹敵する調査もしていないのに、勝手に支持率で世論をあおるメディア。

鳩山内閣支持6パーセントと大きく掲げた新聞は何を考えていたのか。

・・・・・。「県外」と言いながら果たさなかった、鳩山さんの普天間基地問題についての不支持を、内閣不支持にすりかえた。

ヤマトゥ国民は「県外移設」を鳩山さんのせいにして、葬った。

「安保廃棄」を言うべきで、「県外移設」などとんでもない、と。

民主党も国民も、鳩山さんの「県外移設」を現実にするために、力を貸さなかった。

だから、「県外移設」を実現出来なかっただけだ。

国政美恵さんの言葉は普天間に生きる人の、希望を託したがかなわなかったところから発せ荒られた言葉。

「鳩山内閣打倒して勝利」って誰が勝利して、嬉しかったの?

沖縄の米軍基地の隣に生きる人に、心を沿わせてください。

鳩山さんは、もしかしたら、思い付きで言ったのかもしれない、

なぜなら、そのあとの対応が、お粗末すぎるから。

だとしても、しかし、

それでも、思わず、でも「県外移設」と言ったのはこの人くらいだ。

辺野古移設をはじめに断言した自民党を、

もっと攻めるべき。

当事者に思いをはせず、コメンテーターばかりのヤマトゥ。

鳩山さんの「県外移設」の言葉が実現するように、

あなたは、応援しましたか?

2010年6月 6日 (日)

沖縄は日本ではない

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19477月、マッカーサーは言った。

「沖縄人が日本人でない以上日本は米国の沖縄占領に対して反対しないようだ」と。

同年9月、天皇は「アメリカが沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう希望する、国民もそれを歓迎するだろう」とのメッセージ(文書)を占領軍総司令部シーボルトに送った。

「ソ連や左翼の脅威から、日本本土をまもるため」と。

沖縄が日本でないことは、天皇始め、この日本の政治を行う人々が一番よく知っている。

だから、沖縄に軍事基地を押し付けることが出来る。その当時の意思と、現在と何も変わっていない。

あの「抑止力」というのは、アメリカのご機嫌を損ねないように、沖縄の人々の命をさしだし、それによって日本国民は安全であるという、そう意味をさしていると私は思う。

1879年、首里城を攻め、琉球王・尚泰を東京に住まわせ(公然たる拉致)、琉球を植民地として支配してきた。それはたった130年前の、私の祖父が生きた時代のこと。

沖縄は日本ではない。

国民の皆さん、日本ではないから差別し軍事基地を押し付けているという事実を知ってください。

「差別はやめます、押しつけた基地は日本で引き取ります」、と言ってください。

「県内移設」に反対する行動の中で、「沖縄を返せ」など歌わないでください。

沖縄は日本ではないのですから。

沖縄人の皆さん、誇りを取り戻し、卑屈な被植民者にならず、

日本政府にお願いするのはもうやめて、自らの意思で立ち上がり、新しい沖縄・琉球を築いていきましょう。

●6月4日 荒川区職労女性部昼休み勉強会で、「沖縄の基地は、日本の差別の結果おかれたものであること」を知ってほしい、「平和が大事だから、基地はどこにもいらない」などといって、沖縄の基地の存在に目をつぶらないでほしいと、と語らせてもらった。

2010年6月 5日 (土)

6月の予定

Epson009 月日のたつスピードがますます加速して感じられるのは、年のせいでしょうか。

もう2010年も半分終わろうとしているところの6月。

どぅたっちの予定です。

6月11日 どぅたっちオープン記念日

      どぅたっち10周年記念

      祝宴・どぅたっち救援ライブです。 

      太田武二ワンマンショー

      心を分かち合い、10周年祝いを楽しみましょう。 

参加費3000円(飲み放題泡盛&料理付き)

6月20日 どぅたっち10周年お祝いライブ

     どぅたっちがお世話になったミュージシャンがこの日も

     応援ゲストとしてきて下さいます。

      李政美・寿・soso(生田まんじ・愛染恭介)

     楽しい時間を過ごしましょう。

    飲み放題泡盛&料理・ライブ付き 4500円

6月あるいは7月 「教えられなかった戦争 沖縄編」上映会

2010年6月 3日 (木)

自分の言葉

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鳩山首相の沖縄入りを伝えるニュースで、「怒」の紙を持った人がたくさんいる写真を見た。正直言って、ぞっとした。

沖縄もこんなことになったのか。一体何に怒っているのかを示さないと、自民党や、何が何でも鳩山政権を追い落としたい人に利用される。

何ももたず、そこにたたずむだけのほうがまだましだ。

あてがわれた「怒」の紙をもった瞬間に、あなたは自分の思いではなく、みんなと同じ、ただ「持つ人」になってしまう。私は私の言葉でそこに立ちつくしたい。渡されたら拒否できなかったのか、持ちたかったのかは・・。

同じ顔を持つことの怖さよ。私には私の言葉と、表情があるのに。抵抗の言葉をくばらないで。抵抗をひとくくりに組織しないで!

私の故郷、おきなわよ、自分を失わないでください。

誰かにもらったボードで、怒りを表現できますか?それぞれの思いを、自分の表現で伝えよう。

2010年6月 1日 (火)

中学生の訪問、昌国さんトーク、石巻出稼ぎ販売

●26日、愛知県の中学生が、修学旅行のグループ行動でどぅたっちに来て,くれました。私の孫という世代の中学生3名が、はつらつと、興味しんしん、でどぅたっちに。

沖縄そばをごちそうしたら、おいしいと、食べて、そして、店の商品をなんでもおもしろそうに見て、そのうちに、まだ居たーいおもしろーい、と。この日彼女たちの予定は東京タワーに行って、最終の集合場所に3時。

中学生も、普天間の話は知っていて、何故沖縄ばかりなの、と。

当たり前の反応をしてくれて、元気づけられました。

●太田昌国の世界 3回目

 政権交代について、世界の視点でお話を伺いました。

 政権交代が成っても、その重さを感じない政権内部の人間、政権交代を生み出した[国民」が、主体にならず批判者ばかりの日本、と共に築いていく国の違いを感じました。

鳩山やめろ、と、いう市民運動はどんな未来を描くのか。

創っていきたい、長いスパンで育て、真に私たちの代表にしていくように。

そんなことを思いました。

私は鳩山さん個人を責めるつもりはありません。

鳩山さん個人を責めて、追い落として、嬉しい人たちに加担したくない。

鳩山さんの「県外」発言は、沖縄のひとが「県外」と言えるチャンスをくれただけでも、私は評価します。

●宮城県石巻市に出稼ぎに行きました。

残念ながら赤字で帰ってきて、夜行バスの往復だったので、睡眠不足のまま、今日になっています。

お金はないし、破産寸前ですが、人に出会って嬉しい3日でした。貧乏になっても財産は出会いです。頑張って、と励ましてくれるのです。ここ駒込でも、何か、変な店です、お客様が、頑張ってね、と言って帰ります。

そんなわけで、今年6月、どぅたっち10周年、頑張ります。

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