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2007年5月19日 (土)

名護をたずねて

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命を守る会の金城祐治さんが亡くなったということをメールで知りました。

3年前?、東京で集会をしたとき、私が羽田へのお迎え係をしました。

宿舎の文京区まで車で案内しましたが、車内は、おばぁたちとにぎやかな会話で弾んでいました。そして、くるまが皇居の前を通ったとき、「ここに基地をもってくれば、、」と、つぶやいたことが、いつも忘れられません。

こんどヤマトに来るときは集会で発言するためではなく、紅葉と温泉を楽しみましょうね、と、約束したのに、闘いの中で、逝ってしまわれました。

5月13日、キャンプシュワブ門前のキャンドル集会に参加しました。渡具知さん家族は毎週土曜日ここに立っています。4年たったそうです。わたしはこの日、初めてでした。キャンドルをもち、通行するくるまに手を振ります。それに応えて手を振る人が増えているそうです。辺野古が基地建設先になったとき、産まれたばかりだった渡具知さんの赤ちゃんは、その日、キャンドルをもって立っていました。

土曜の夕方、子どもたちは遊べないのです。

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コメント

友人から電話で祐治さんがお亡くなりになったことを知りました。
信じられない気持ちで琉球朝日放送のニュースを検索し、事実に打ちひしがれています。
祐治さん、ごめんなさい。
ただただ悲しいです。

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