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2007年5月

2007年5月27日 (日)

海底貯蔵泡盛

5月12日名護市瀬嵩のじゅごんの里で、東恩納琢磨さんから、海底貯蔵泡盛を広めてほしいと、話しがありました。一年海底にあった泡盛を呑みながら。とってもおいしい貴重な泡盛です。大浦湾で寝かす古酒なんて、まず手に入りません。そしてそれが基地建設反対の力にもなるのです。自家用に、プレゼント用に、ぜひ注文してください。労働組合の皆さんは、組合としてまとめて貯蔵はいかがですか?以下の申込書に記入し返信いただけたら嬉しいです。

「awamori.doc」をダウンロード

Awakikaku028

2007年5月19日 (土)

5・15嘉手納

5月13日は嘉手納基地包囲行動でした。かまどぅ小の友人たちは心から溢れる怒りを、精一杯体で表現していました。私もともに、軍事基地への怒りを表現しました。帰路の車の中で、成功しなかったことを知り、正直言って、唖然としました。これまでの包囲行動に比べて、準備不足と、要員不足とは、参加しながら感じてはいましたが。「かつて包囲行動が闘いに有効であったとしても、いまはやる意味が理解できない。みなの中に嘉手納を包囲するだけの怒りはない。パフォーマンスであるだけで、基地撤去への力とはならない」「なぜ嘉手納の包囲だったのか、いまやるなら、キャンプシュワブか普天間ではないのか」という声も聞きました。全国から人が集まってきているからと、スケジュール闘争的に計画したのだろうか。基地と共存させられて60年、沖縄に日々暮らす人々の思いは、ひとくくりにできるような簡単なものではないのだと思った。

15日、再び嘉手納基地周辺を歩いた、戦闘機が離着陸を繰り返す。

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写真を撮っていたら、迷彩服の米兵が二人、立ち上がり私の動きを追っている。

恐怖を感じた。

名護をたずねて

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命を守る会の金城祐治さんが亡くなったということをメールで知りました。

3年前?、東京で集会をしたとき、私が羽田へのお迎え係をしました。

宿舎の文京区まで車で案内しましたが、車内は、おばぁたちとにぎやかな会話で弾んでいました。そして、くるまが皇居の前を通ったとき、「ここに基地をもってくれば、、」と、つぶやいたことが、いつも忘れられません。

こんどヤマトに来るときは集会で発言するためではなく、紅葉と温泉を楽しみましょうね、と、約束したのに、闘いの中で、逝ってしまわれました。

5月13日、キャンプシュワブ門前のキャンドル集会に参加しました。渡具知さん家族は毎週土曜日ここに立っています。4年たったそうです。わたしはこの日、初めてでした。キャンドルをもち、通行するくるまに手を振ります。それに応えて手を振る人が増えているそうです。辺野古が基地建設先になったとき、産まれたばかりだった渡具知さんの赤ちゃんは、その日、キャンドルをもって立っていました。

土曜の夕方、子どもたちは遊べないのです。

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