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2006年8月

2006年8月19日 (土)

言葉

【1】8月6日、森口豁さんからの連絡で、その前日に岡本恵徳さんが亡くなられたことを知った。3月5日宜野湾でお目にかかったときの笑顔を思い出す。

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岡本恵徳さんへの想い、追悼の日々について書かれている森口さんの沖縄通信をお読みください。読むことで、岡本恵徳さんに想いを馳せていただけたら嬉しいです。森口さんの綴る言葉ひとつひとつが心に響きます。生命を慈しむ言葉で溢れています。森口豁さんの沖縄通信はこちらから

  http://www.cyber-rabbit.com/katsu/index.html

森口さんの著書「誰も沖縄を知らない」、どぅたっちで扱っています。

【2】15日、抵抗の文化をかたるシンポジウムに行った。目取真俊さんと高橋哲哉さんのお話を聞きたいと思って参加した。シンポジウムのまとめ的に出されたことのひとつに、まず「知ること」というのが在った。「愛の反対は無知」という言葉も出されていた。標語のような言葉は受けるようだ。5月15日、平和行進のために、全国からたくさんの方が沖縄に集まる。戦跡や基地の現状を身をもっ知って帰る。問題なのは知ってどうするか、知った後、どう行動するか、だと思う。

【3】デイズjapan誌に短い文を書かせていただいた。物書きでもない私に、想いを綴っていいですよ、と。溢れる想いを伝えるには、私の言葉は貧困で、苦労でした。デイズjapanを購読していない方、ぜひ購読してあげてください。デイズjapanは、世界のいまを「伝え」ようと、少人数スタッフががんばっています。

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2006年8月13日 (日)

8月13日

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今年5月15日「基地のなくなる日行動」として嘉手納基地を1周歩きました。

戦闘機の爆音に脅かされることもなく、空から大型へりが堕ちてくることなど考えられない東京で、毎日を過ごす私。

ちょうど進入路の下に差し掛かったとき、遠くから戦闘機の爆音が迫ってきて、まるで頭上に堕ちてくるのではないかと、そんな恐怖を感じたのです。

私にとってはその日の出来事。嘉手納、普天間、米軍基地と共存させられている、人々には日常のこと。

2006年8月13日、普天間の沖縄国際大学に米軍の大型輸送ヘリが墜落・爆発・炎上した。

8月13日のこと、忘れてはならない。

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2006年8月 5日 (土)

8月のイベント

東京は遅い梅雨明けですが、何か迫力のない夏の気配です。まるで夏の終わりのような。自然の営み・流れが壊れてしまったのでしょうか。とはいっても夏。

沖縄・米軍嘉手納基地に生活を占拠された住民の夏に思いをはせる。

暑い沖縄が、深い眠りにたどりつく早朝3時。疲れをいやす眠りの時間にとどろくF15戦闘機の爆音。

米軍も自衛隊も、戦争につながるものの一切を、沖縄からなくしたい。

明日6日は、お盆・ウンケーです。

どぅたっち店頭にも、ヒラウコーを並べてみました。

◆8日はウークイ、

ご先祖様を想い、命を考え、交流する日として、ウークイの集いをします。

瑞穂16年古酒も用意しています。(要予約)

◆19日は、沖縄から那良伊千鳥さんをお迎えしてのライブ。

ワンドリンクつき3000円。7時半開演です。これも予約してください。

◆20日は、国立を中心に活動している、館野公一さんと、中川龍也さんによるらいぶ「2006晩夏・語り歌の一夜」午後6時開演、1ドリンクつき1500円。

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那覇モノレールから、自衛隊駐屯地をみる。

2006年8月 1日 (火)

どぅたっち

ご無沙汰してます。

どぅたっちののぼりができました。

贔屓にしてくださる、地元のお客様が、向こうの商店街の通りから見えるように看板を出せば、もっとお客さんが来るから、看板出したら?、といってくださる。

時間がなくて、作れなかった。(自前で安く仕上げたかったから)

一昨日、スタッフの友利さんに、「旗作ってくれる?」とお願いしたら、あっという間にできた。

完成記念のショット。

念願ののぼりが、通りからも見えるように、きらきら翻って、感激でした。

沖縄ブログも、今日、再出発です。

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偶然、後ろから歩いてくるのは、店主です。

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